『マズローと経営学』という本を読みました(山下 剛(2019),文眞堂)。
なかなか、というか非常に多くの気づきが得られた本でした。
マズローは“あの”マズローです。「欲求5段階説」を唱えたアメリカの心理学者です。
私たち企業人であれば、マズローという名前は知らなくとも、「欲求5段階説」あるいは「欲求階層説」というものには、いつかどこかで必ずと言ってよいほど触れていると思います。そうです。あの、下から「生理的欲求」「安全の欲求」と5つの欲求が積み上げられている三角形のやつです。
私は、この5つの基本的欲求の最上位に据えられている「自己実現の欲求」というものが、ある日、きっかけは忘れましたが、とても気になり、詳しく知りたくなりました。もちろん、マズローのことも「欲求5段階説」のことも知っていました(いや、いまとなっては、知っている“つもり”だったのですね)。それでも“きちんと”知りたいと、しかし原著を読むのはとても無理なので、手っ取り早く解説本を読もうとこの本を手にしました(結果的にこの本は解説本ではなく、かなり歯ごたえがある論文集だったのですが…山下先生、失礼しました)。
冒頭で「多くの気づきが得られた」と書きましたが、いま読み終わった本を見ると、大半のページが黄色いマーカーで埋められています。特に「自己実現」ということについて、マズローが言いたかったことは何だったのかは、人材開発や組織開発を生業にして30年以上ですが、恥ずかしながらはじめてきちんと知りました。
マズローの「欲求5段階説」について、『ちょっと曖昧だなぁ』と思って、改めて知りたいと興味をお持ちの方は、これを機会に学び直してみてはいかがでしょうか。もちろんこの本も推奨します(と言っても私は山下先生とも文眞堂さんともまったく利害関係はありません。念のため)。
特に「健康経営」などのテーマで取り組みを進めているご担当者は多くの示唆が得られると思います。なぜなら、マズローが言う「自己実現」というのは《心理的健康の実現》に他ならないからです。つまり、「欲求5段階説」は単なるモチベーション理論ではなく(いやモチベーション理論ではないのでしょう)、心理的健康の実現に至るプロセスを明確に唱えたマズローの心理哲学なのです。
マズローは世界に善い人をたくさん増やしたかったのです。それが心理学者の使命だと信じていました。善い人とは心理的に健康な人です。健全な認識に基づいて健全な意思決定ができる能力を持った人。これが心理的に健康な人であり善い人です(もちろん「健全な認識」「健全な意思決定」とは何かについても論じています)。そして、心理的に健康な人が世界に多くいれば、世界はもっと善いものとなり、幸福になるとマズローは信じています。
では、その心理的健康の実現には何か必要か。それが「生理的欲求」から始まる基本的欲求の充足ということです。基本的欲求とは名前の通り、その充足なくしては活きていけない基本的なものです。それが欠乏している状態では、人はそれに囚われ、他者に目を向ける余裕もなく、認知や行動が利己的で偏ったものとなります。ですから、私利に囚われず、利他的で、偏りのない、健全な認識、健全な意思決定をする善い人になるためには、5段階のより低位の欲求から徐々に充足させる必要がある。本当にざっくり言うと、マズローの主張はこういうことです。
近年になって、自己実現という言葉がいろいろな場で聞かれるようになってきましたが、恐らくマズローの真意を汲み取って使われていることは少ないのではないでしょうか。しかし、昨今の世界情勢や日本国内の労働環境などを考えると、もう一度、本当にマズローが言いたかったことにしっかりと耳を傾けてみて、私たちはどうあるべきか、どうすべきかを考えてみることはとても有意義なことだと考えます。
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